2015/01/03

Happy New Year & Best Albums of 2014

あけましておめでとうございます!というわけで、ベストソングに続いて、去年のベストアルバムを発表します。といっても、ここまで音楽メディアやブログが乱立する状況だと、聴き逃された名盤というのもほとんど見当たらないわけで、自分のサイトでわざわざチャートにして出す意味があるのかと、無力感でいっぱいです。自分が好きな音楽はオアシス。それだけの主張で十分だし、ここでいったい僕は何がしたいのだろう。

そこで、せめてこれまでhowtodancewithyouに何かしらの影響を受けた人たちに「ここはやっぱりそうだよな」と思われるような、拠り所になるチャートにしたいと思いました。いまはお洒落で先鋭的な音楽がそこら中に転がっているし、そういうものをメインで聴いていながらもメインストリームへの目配せを忘れないというのが、今っぽい姿勢なのでしょう。下らないっすね。自分も含めて。良いものは良いし、全体のシーンを俯瞰して細部にジャッジを下すことが必ずしも正しいことじゃない。これは意味のないチャートです。ここから2014年のリアルは浮かび上がってこないかもしれないけれど、それで別に良いよね。

No.1 Christopher Owens 『A New Testament』


いまの時代にこのフォークサウンド。これを1位に選んだのはさっきディランの「I'm Not There」を観たからかもしれないけれど、いや、やっぱり僕はクリストファーのやることに全幅の信頼を置いているんだと思います。意味なんか考えちゃいけない。そこに囚われたらお終いだ。


No.2 Likke Li 『I Never Learn』


言葉じゃなく、声だけで勝負できる彼女が格好良い。


No.3 Kasabian 『48:13』


ひねくれずに、これが最高と叫ぼうぜ。


No.4 Foxes In Fiction 『Ontario Gothic』


誰もが「ツイン・ピークス」的なサウンドを志した2010年代も半分が過ぎようとしているが、一番うまくやったのは彼らでは? 至極のベッドルームミュージック。


No.5 Sharon Van Etten 『Are We There』


買ったときはあんまりちゃんと聴いていなくて、とあるお店でかかっているのを聴いたときに、「何じゃこの大傑作は!」となったアルバム。


No.6 The Pains Of Being Pure At Heart 『Days Of Abandon』


なぜにどのメディアもこのアルバムを無視? 80年代過ぎるのかな?


No.7 Balls 『スポットライト』


本領発揮は次と分かっているけれど、だからといってこれを評価しないわけにはいかない。僕がDJをやることになったら、「Sing A Song Girl」をかけてみんなをあっと言わせたい。


No.8 Weezer 『Everything Will Be Alright』


久しぶりに超好きだった。全曲良い。この秀逸なアルバムタイトルとジャケットとのシンクロしなさが神。


No.9 Beck 『Morning Phase』


普通〜とか思いながら1週間に1度は聴いていた。


No.10 La Roux 『Trouble In Paradise』


どっかの読者が選ぶベストアルバムの上位にも入っていたね。


11位以下はこのような感じ。

No.11 Fear Of Men 『Loom』
No.12 First Aid Kit 『Stay Gold』
No.13 The fin. 『Days With Uncertainly』
No.14 Merchandise 『After The End』
No.15 The Black Keys 『Turn Blue』
No.16 Coldplay 『Ghost Stories』
No.17 NAHAVAND 『Two Of Strongest』
No.18 The Horrors 『Luminous』
No.19 Ty Segall 『Manipulator』
No.20 NOWEARMAN 『MAN NOWEAR』

次点 The Drums 『Encyclopedia』

NOWERAMANはとにかくライヴ観て欲しいです。この音源も素晴らしいですが、あんなライヴをやるバンドならもっとすごい作品が近々誕生するはずだという確信がありますので、いまは控えめに。

2015年はSTUDYを淡々とやります。引き続き、BallsとNAHAVANDとNOWEARMANをBGMにして。期待していてください。

2014/12/23

Best Songs of 2014

すべての音楽を一人の人間が聴くことなどできないし、十人の人間が聴くこともできない。それに歯がゆさを感じ続けているだけでは勿体ないので、こういう場でこそ自分の文脈に正直にならなければ、と思います。howtodancewithyouとは僕のこと。以下のリストは今年よく聴いた曲たちであることはもちろんですが、2014年は“生活する”というのが重要なキーワードだったので、そこも考慮しながら選びました。なので、当然1位はこれです。

No.1 くるり 「Liberty & Gravity」
エレクトリック・シタールの響きが印象的な労働讃歌。サウンド的にも、目的としてではなく、方法論として冒険がある。至極真っ当な名曲でした。

No.2 Iceage 「The Lord's Favorite」

No.3 Ykiki Beat 「Forever」

No.4 Sleafod Mods 「Tied Up In Nottz」

No.5 Electric Youth 「Runaway」

No.6 NOWEARMAN 「Stars」

No.7 Belle & Sebastian 「Nobody's Empire」

No.8 ボールズ「Sing A Song Girl」
※You-Tubeなし

No.9 Kasabian 「bumblebeee」

No.10 Nick Hakim 「I Don't Know」

No.11 clipping. 「Work Work」

No.12 The Drums 「I Can't Pretend」

No.13 Jessie J, Ariana Grande, Nicki Minaj 「Bang Bang」

No.14 Avicii 「The Days」

No.15 Taylor Swift 「Shake It Off」

No.16 Taylor Swift 「Blank Space」

No.17 Future Islands 「Seasons (Waiting On You)」

No.18 くるり「There is (always light)」

No.19 NAHAVAND 「最強のふたり」

No.20 Only Real 「Pass The Pain」

No.21 Architecture in Helsinki 「I Might Survive」

No.22 Circa Waves 「Stuck in My Teeth」

No.23 Charli XCX 「Boom Clap」

No.24 Childhood 「Falls Away」

No.25 The fin. 「Night Time」

No.26 Weezer 「Back To The Shack」

No.27 Sloan 「Cleopatra」

No.28 Stars 「No One Is Lost」

No.29 Noel Gallagher's High Flying Birds 「In The Heat Of The Moment」

No.30 Team Me 「F is for Faker」

2014/12/20

STUDYという雑誌をつくった理由。


僕がファッション雑誌をつくったのは、去年の秋くらいから“リアル”という言葉がずっと頭のなかにあって、どうにかしてそれをアウトプットしないと後悔するぞ、と思ったからです。ファッションにおいてのリアルは難しい。どれだけ考えを詰めてみても、結局は値段(お金)のことのなのか、と、もうこれ以上何を表現したって仕方ない、所詮ファッションは虚構の世界なんだ、と軽く絶望した時期もありましたが、やっぱり自分自身ずっとファッションが楽しかったので、諦めずにその方法を模索していました。正直、確信が抱けないまま編集作業に入ったのですが、その過程で厚い雲のあいだから薄光が差し込むかのごとく、だんだんと答えが見えてきました。

リアルなファッションとは、その人のパーソナリティに寄り添ったもののことを指すのではないかと。その洋服が高いか安いか、ユニクロなのかラフ・シモンズなのかは関係ない。その人がこれまでの人生で選択してきた数々のものごとが、唯一無二のバックグラウンドとなり、スタイルを形成していると考えれば、ファッションに正解を求めること自体が実にアホな行為だったのです。ましてや、ノームコアとか、『中身化する社会』とか、そういう現象に名前をつけることにどれほどの意味があるのか、いまは甚だ疑問です。むかしから中身は大事です。だけど、その人が何を好きで、どういう格好をするのかに関しては、永遠に自由ですよね。

日本人は海外の文化を取り入れて独自の編集を行うのが天才的に上手なので、どうしてもスタイルをまずはジャンルとして捉えてしまう傾向があります。アメカジとか、モードとか。でも、その特定のジャンルに自身のパーソナリティが完璧に合致する人なんてあんまりいないはずです。とくに、いまは多様化を極めた先にあるケオティックな状況なので、趣味嗜好では隣人とコミュニケーションする術がない、というのも当たり前の時代です。だから、何かに縛られてしまう気がして、みんなファッションを避け始めているんじゃないかと思います。

いまの若い人はお金もないし(ここで「いや、おれは学生の頃バイトを3つ掛け持ちしていたぞ!」的な年寄りはファックオフです)、何となく気力もないし、ファッションにお金をかける意味を見失っています。実際に、無印良品とユニクロはかなり優秀だし、一方で一回洗濯したら襟元がびよーんと伸びてしまうドメスティックブランドも少なくありません。だけど、ノームコア(間違った意味ですがあえて使います)的なファッションが正解だとされているから、みんなそれっぽい格好をして、諦観を気取っているんでしょう? クソだね。そんなことで『中身化する社会』にはついていけないよ。中身がマトモなら、どんな格好をしたって、それがその人の個性になるから。好きなものを着れば良いんですよ。上下無地である必要はない。もちろん、上下無地でも良い。何でも良い。だからせめて、自分の好きな格好をストリートで見つけたら、覚えておくこと。そのインスピレーションの積み重ねこそが、ファッションを楽しむ方法のひとつです。STUDYがファッションを楽しんでいる人たちを様々なジャンルからサンプリングしているのは、そういう意味があるんです。

あと、STUDYでは何人かにインタビューをしているんですが、みんな言っていることが微妙に違っていて、面白いです。無論、どれも正解です。TPOが大事だと話していたアーカイブ&スタイルの坂田さんも、縫製なんてどうでもいいから面白いことがしたいと話していたCLASSの堀切さんも、緑が好きなら緑をたくさん着れば良いんだよと話していたドラムスのジェイコブも、それぞれの生き方を反映したスタイルにきちんと一貫性があるから。

STUDYには、一冊の本を通して、スタイルの多様性を伝えたいという意図があります。だから、古着も、ドメスティックブランドも、海外のハイファッションも、フラットな目線で取り扱っています。ストリート系とストリートを混同させたくないのですが、僕にとってリアル=ストリートです。ストリートにいる人たちが選びとって、独自に編集したファッションは、すべてリアル。ラフ・シモンズだって、J.W.アンダーソンだって、それを着てリアルじゃないなんてのは、嘘です(編集人の自分はほとんど古着しか着ないっていうのにね)。

雑誌として「こう生きなさい」「こう着なさい」っていう時代は、あとすこしで終わると思います。理想像を追いかけ続けても、持続可能性がないことにみんな気付きはじめているから。自分たちができることをできる範囲で継続していくしかないんですよ。人生短いんだからさ。KINFOLKも良いけれど、あのライフスタイルを貫ける人って、何人いるかなって話ですよ。みんなしょーもない電車乗って毎朝通勤して、しょーもない昼飯食って、しょーもない家に帰るんだ。それで何が悪い? 僕はそういうライフスタイル讃歌をやりたいし、そのうえでファッションを楽しむ方法を伝えていきたいですよ。華やかな世界に生きる人たちには何のこっちゃの雑誌だと思いますが、僕はそうじゃないから。

もう、日本の景気が回復することなんてないと思いますが、僕はそれでもハッピーに、ファッションを楽しみながら生きていきます。だから、STUDYは今後も続けていきます。まあ、色々と考えなきゃいけないことはあるんですが、そういうところからしか、世界は変わらないと思うから。


STUDY取り扱い店舗

代官山蔦屋、B&B、百年、ユトレヒト、スタンダードブックストア、ガケ書房、READAN DEAT etc...


2014/12/01

The fin.



11月29日に下北沢のTHREEで行われたThe fin.初となる自主企画ライヴでのステージは、その興奮をまわりの人たちに喧伝せずにはいられないほどの出来だった。ギターの音色はどこまでも夢心地で、ベースは雄弁だった。ヴォーカルはその才能を十二分に見せつけ、ドラムはシンプルで力強いビートを刻んでいた。そのバランスがあまりにも完璧で、ライヴ中何度ため息を漏らしたか分からない。僕たちがウォッシュド・アウトやワイルド・ナッシングに夢中になりながら、こんな日本のバンドが現れないかなと妄想していたことが実現した夜だった。

The fin.の音源を最初にサウンドクラウドで聴いたとき、チルウェイヴやドリームポップの流れを汲んだギターバンドなんだねくらいにしか思っていなかったけれど、ライヴを観てその印象がガラリと変わった。たしかに、ウォッシュド・アウトやワイルド・ナッシングのように「ここではないどこか」を鳴らすことができる稀有なバンドであることは間違いないが、一方で、エモーショナルな疾走感をそこに感じることができた。そして、たいていはこじんまりとしたポップスに成り下がってしまう日本のインディーズとは一線を画すスケールを、彼らはすでに獲得していたのだ。これはなぜだろうと考えてみると、彼らの音の参照点がチルウェイヴであると誰もがすぐに理解できるのにも関わらず、彼ら自身がそこに向かっていないからではないだろうか。英歌詞も、いまの日本のシーンでは珍しい遅めのBPMも、“それっぽく聴かせる”ことを目的に選ばれたものではなくて、あくまで彼らの趣味趣向を素直に反映させたものだ。つまり、影響は受けているが、最終目的地をそこに設定していない。あと、決定的なのは、音数が少ない。俺たち、こんなに音楽を聴いてきているんだぞ、という自己顕示欲が皆無なのだ。あくまで音楽。オーディエンスはクラスタ化せず、バンドは常にオープンな姿勢を崩さない。これこそ正に“いまっぽい”ということじゃない?

“いまっぽい”という言葉は、ときに本質のない雰囲気だけのものを揶揄して使われることがあるけれど、本来は賞賛に使われるべきだ。だって、時代の気分を捉えているということだし、声にならない声を代弁しているということだし、その共感はユースカルチャーの原動力として欠かせないものだから。

肝心なところで老人に擦り寄って自分たちの才能をあっという間に消費させてしまう若い人たちも少なくないが、The fin.のようなバンドを見ていると、僕たちが手にしている自由というものを再認識することができる。

日本ではいまだにミスチルとサザンを教科書として曲作りをしているような人たちがチャートの上位に入ってしまう状況だ。あるいは、そもそもミスチルとサザンの新譜がチャートのトップに立つことが当たり前だと思われている。それだったら、さっさと部長になって郊外に家を買ってクリスマスソングを家族と歌えばいいさ。あんたたちがそこでじっとしているうちに、僕たちは先へ行く。とびっきりロマンチックで遠慮のない世界に。